フランスの作家サン=テグシュペリの作品「星の王子さま」の一節に、有名なセリフがあります。別の星から地球にやってきた王子さまが、キツネに「大切なこと」を教えてもらう、というシーンです。
キツネは王子さまに言います。
「心の目で見なくちゃ物事は見えないよ。大切なものは目では見えないんだから」
心に残る言葉です。ただ、一方で矛盾に満ちた、謎の言葉でもありますよね。「見えないものを見る」なんて…実は、これまでモヤモヤしたものもあったんですが、2人の青年と出会って、その心の中の霧がすっと晴れたような気がしました。
その2人とは━
5月20日「し~なチャン」のテーマは「見えない物語を魅せる」、そしてゲストは映像制作会社「アウトクロップ」(秋田市雄和)の栗原エミルさん(24)と松本隆慈トラヴィスさん(23)。
社名の「アウトクロップ」って聞きなれない単語ですね、少なくとも中、高校では触れたことがありませんが━
「『アウトクロップ(outcrop)』は、表土の中に埋まっている原石や鉱脈が、人や自然の力で地表に現れた部分のことをいいます。一般に使われる英単語ではなく石油・鉱山関係の専門用語です。私たちのキーワードは『見えない物語を魅せる』。埋もれた価値を物語として紡いでいこうという思いを込めました」(栗原さん)
「かつて秋田は鉱山で栄えた地。今は銀や銅などに代わり、地域には伝統や文化をはじめとする大切な資源が眠っています。こうした秋田の土壌からも『アウトクロップ』という社名が面白いと思ったんです。これまで、表面に出てこなかった秋田の価値をアウトクロップし、発信していきたいと思っています」(松本さん)
出身地は栗原さんが京都府、松本さんは北海道。ともに外国人と日本人の間に生まれた2人は国際教養大(秋田市雄和)の同窓。卒業前に短編ドキュメンタリー「沼山からの贈りもの」を2人で製作したことが、「アウトクロップ」創業につながっていきます。
「沼山からの贈りもの」は、かつて横手市(旧山内村)で栽培された伝統野菜「沼山大根」の復活に取り組む農家3人に密着取材。2020年、全国地域映像団体協議会のコンテストで学生部門の最優秀賞を受賞するなど高評価を得た作品です。
沼山の自然、歴史。伝統野菜・大根の再生を目指す3人の農家、3人を取り巻く地元の人々の思いを伝えながら、秋田の食と農が抱える課題を浮かび上がらせていきます。美しい映像を通じて、あらためて、私たちが住む秋田、その潜在的な豊かさが伝わってきます。さらに、この作品は国際教養大卒業後、県外に出るつもりだった2人が考えを変えるきっかけになった、記念碑的な作品でもあるんです。
2人は口々に、私たちが気付かないでいる秋田の「眠っている価値」の豊かさを熱く語ります。
「秋田には沼山大根のように、眠っている価値がたくさんあります。私たちが映像を通して発信することで、見た人が秋田を訪れるきっかけにもなるかもしれない。そう思うとやりがいがあります。まだまだ映したいテーマがたくさんある秋田で挑戦し続けていたい」(栗原さん)
「秋田は暮らしの中に人間味や温かみがあり、自分の住みたい理想の場所。以前は、海外の大学院に進み、将来は論文を書いて政策を訴える学者になりたかったんですが、考えが変わりました。映像は自分が経験したかのように新しい価値観に出合えるし、人の心に響くことがある。大きな可能性を秘めていると思います」(松本さん)
「沼山からの贈りもの」の取材で大変だったことをいくつか教えてもらいました。その中で2人が指摘したのは「秋田弁の難しさ」。取材した地元シニアの「ネイティブ」たちの発音が全く分からず、戸惑ったことも…。でも2人は「撮影のために何度も何度も通ううちに心がつながった」「信頼関係ができて、本音の部分を伝えてくれるようになった」と笑顔で振り返ってくれました。エがったスな…
「沼山からの贈りもの」はDVDで発売中。通常版が2,000円、(秘密の特典がついた)限定版が2600円です。「限定版」というのは、私のようなコレクトマニアの気持ちをくすぐります(問い合わせ https://www.outcropstudios.com/numayama)。
今後は、企業などからコマーシャル映像の制作を受注して収益の柱としながら、秋田に根差したドキュメンタリーを作っていく、といいます。地元商工会や地域住民からの信頼、厚いサポートを受ける2人、うらやましいなぁ。
ずっと謎だった「星の王子さま」の「見えないものを見る」ということ。その秘密が少しずつ分かってきました。2人にお礼を言いたい、と思います。
今後の「アウトクロップ」活動を期待してます!!