新しいスタジオ(スタジオ★アルヴェ)での「新し~なチャン」が2021年末、いよいよスタートしました。私は木曜日コメンテーターと、火曜日から金曜日まで「さきがけプラス」というニュース解説を担当しています。
ニュース解説、というと、ちょっと重い感じですが、МCやゲストの皆さんと「秋田にかかわる話題」をトークして広げようという試みです。
木曜日は新たなコーナーをつくりました。
「まちなか フカボリ」コーナーです。なぜ、フカボリがカタカナか?それは聞かないでください。深い意味はないんです。「深堀」の漢字熟語だと、すごく固い感じでしょ。軽い感じで「フカボリ」たかったんです…
いつも見慣れている私たちの「街」。ちょっぴり違う視点でu見つめ直すことで、ますます私たちの「街」が好きになる、かも━そんなコンセプトです。
「まちなか フカボリ」。最初のお話の舞台は千秋公園。
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今年12月8日は「開戦80年」、つまり日本がアメリカに宣戦布告し、真珠湾攻撃した日から80年になります。
四季折々、美しい自然に恵まれた千秋公園。秋田駅から徒歩5分という場所に位置する、初代佐竹義宣公が築いた「久保田城」跡でもあります。
私たち市民に身近なこの公園にも「戦争遺跡」があるんです。
【第1話 千秋公園編① ”戦争”を刻んだ木】
二の丸から本丸に続く長坂。この両側にある松の木々、その根元に近い部分に「矢羽根」の傷痕がある木が目に留まります。
これはいったい何なのか?
太平洋戦争の末期、戦闘機用航空燃料の欠乏に直面した日本軍は、松の木から松ヤニなどを採取して油にし、それで飛行機を飛ばそう、ということを思い立ちました。冗談ではなく、まじめな話です。
その名は「松根油緊急増産運動プロジェクト」。すごい重いプロジェクト名でしょ。
さぁ、国の「おふれ」は全国に広まり、子供たちからお年寄りまで”根こそぎ”動員し、「松の油」採取に乗り出したんです。千秋公園で見かけた、謎の「矢羽根」型の切り跡こそ、当時の市民たちの懸命の作業の跡だったんです。
松の樹皮をはぎ取り、そこから染み出す松ヤニを採取。それを工場で水蒸気蒸留し航空機燃料にする、というものです。これは松精油(しょうせいゆ)、またはテレビン油と呼ばれました。
もう一つの「松の油」は松の根を使うもの。木を伐採しておおよそ10年以上が経過し、琥珀のように変質した松の根を掘り出し、釜で蒸し焼き(乾留)にして精製する方法です。こちらは「松根油(しょうこんゆ)」といいます。
千秋公園に多く見られるのは「松精油」採取跡。でも、1本の木から採れる松ヤニは1日わずか20グラム程度。国は「松200本の油で飛行機が1時間飛ぶ。女子供でも楽にとれる」と宣伝していたようですが…気が遠くなるような効率の悪さでした。結局、時間と手間がかかりすぎ、品質にも問題があって、飛行機燃料などには実用化できなかったようです。
秋田魁新報の記者時代。戦時中に「松ヤニを採る作業に駆り出された」という人を何人も取材しましたが、一様に「私たちは真剣だった。ほんとに飛行機が飛び、日本が勝つと思っていた」と話していました。みんな、そう信じていたんです。
SFものが好きで、タイムマシン系には目がない私ですが…さすがに、この時代へのタイムスリップは嫌だなぁ。