まずは冒頭の写真をご覧ください。北秋田市の伊勢堂岱遺跡です(伊勢堂岱縄文館提供)。私が好きな縄文時代、その代表的遺跡の一つです。
「縄文時代」といえば、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。
「人々は狩猟や採集によって食料を手に入れ、移動しながら暮らしていた」「(次の)弥生時代に稲作が始まって、人々はようやく定住生活をするようになった」━私自身の記憶をたどれば、学校ではそのように教えられてきたような気がします。
その常識が覆ったのが青森市の「三内丸山遺跡」でした。1990年代の本格的な発掘調査により、「縄文前期から中期にかけて約1700年間も定住していた」という痕跡が見つかったんです。その後の調査で「1万年以上続いた」とされた縄文時代。実は、縄文の人々は、豊かな食に恵まれて安定した暮らしを営み、独特の文化を育んできたことが分かってきました。
県内にも「縄文人の精神文化」がうかがわれる特徴的な遺跡があります。冒頭にご紹介した北秋田市の伊勢堂岱遺跡、そして鹿角市の大湯環状列石。いずれも「祭祀の場」ともいわれる「ストーンサークル」で知られています。
(環状列石:伊勢堂岱縄文館提供)
青森の三内丸山遺跡、秋田の大湯環状列石・伊勢堂岱遺跡など17遺跡からなる「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産登録へむけて大きく動き出しました。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が登録を勧告、近く正式承認される、とみられます。
「4道県の関係者が一つになって取り組んだ結果です。北海道と北東北。津軽海峡を挟む同一の文化圏にあった遺跡を組み合わせて申請する━という戦略が実を結びました。若いころからの自説でもあり、感無量です。関係者の皆さんの努力に敬意を表します」
そう語ってくれたのは、今回のゲスト、北秋田市伊勢堂岱縄文館 名誉館長冨樫泰時さん(83)=県文化財保護審議会前会長、秋田市住=さんです。
「この地域は円筒土器という同じ様式の土器が出土しています。さらに岩偶(がんぐう)や青龍刀形石器など、ほかにも共通する出土品がたくさんある。これは『同じ文化があった』ということ。北海道と北東北の人々は、何千年もの長い間、津軽海峡を挟んで行き来し、影響し合っていたんです」
冨樫さんは大仙市の払田柵(ほったのさく)跡近く、旧高梨村(旧仙北町、現仙北市)の生まれです。子供のころの遊びは『土器探し』でした。
考古学を学ぶため國學院大学へ入学。卒業後は県教育委員会へ。学芸員として県立美術館や博物館などで勤務します。県立博物館建設にも携わり、後に館長として埋蔵文化財に携わってきました。「発掘」が何よりも好きだったという冨樫さん。
「小学校時代、学校が終わると、同級生たちと一緒に払田柵へまっしぐらです。土器を探しに行きました。それが考古学に向かうきっかけかな。埋蔵文化財、私にとっては『宝物』ですが…土の中から何が出るかは掘ってみないと分かりません。それが楽しいんです。若いころから発掘調査に関わってきましたが、伊勢堂岱のようなものすごい『宝物』に出合う機会が何度もありました。運がよかったんですね」
トレジャーハンター、まさに「秋田のインディジョーンズ(ハリソン・フォード主演の映画、ご存知ですよね)」。これからはどんな『宝探し』を?
「縄文館には、とっても気になる土偶があるんです。縄文晩期の藤株(ふじかぶ)遺跡から発見されたものですが、首の辺りがきれいに成形された、『頭部』がない女性の土偶なんです。つまり、初めから胴体だけの土偶ということ。そして、同じこの遺跡からは『頭部のない女性の人骨』が見つかった。専門家が探しても『頭部』の骨だけが見つかっていません。初めから頭蓋骨だけが埋葬されていないんです。ちょっと面白いでしょ」
いやぁ、面白いです。首のない女性の土偶、すぐ近くに頭蓋骨だけが埋葬されていない胴体だけの女性の人骨…
ここからは私の妄想です。
超自然的存在(霊、神霊、精霊、死霊など)と交信する現象を起こすとされる特殊な能力を持つ人物を「シャーマン」と呼びます。シャーマンには女性が多い、ということを聞いたことがあります。この胴体だけの女性の土偶、人骨…特別な「シャーマン」だったのでは? それにしてはなぜ「頭」がないのか。この「シャーマン」の女性、いつしか『邪悪』な存在になってしまった…そのために人々は、特別の念を込めて彼女の『復活』を封じ込めた?
妄想は膨らみます。冨樫さん、ぜひとも解明してください!!
「遺跡から、たくさんの宝物が出てきます。そこから物語をひもといていく楽しみが考古学です。この時代の人々の文化、それをどう次代につなげてきたか…。秋田にはまだまだたくさんの遺跡が眠っています。それは間違いなく秋田、私たちの宝物です」
冨樫さん、やっぱり「秋田のインディジョーンズ」だなぁ。