「1週間のご無沙汰でした」。そんな名セリフがありました。
「1960年代」を中心に、テレビの歌謡番組の草分け「歌のアルバム」の司会を担当した、玉置宏さん(1934 – 2010年)のセリフです。流麗な語り口、それぞれの歌手の特徴をよくつかんだ紹介。素晴らしかったです。
前置きが長くなりました。
「9ヵ月のご無沙汰でした」。「し~なチャン便り」リニューアル、気持ちもあらたにお送りします。
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一人の人物を取り上げたドキュメンタリー番組が完成しました。タイトルは「『物』の聲を聴け~65年、ただひたすら集めて」(2023年5月、CNA制作)。
中心になる人物は油谷満夫さん(89歳)。60年以上かけて、50万点という途方もない量の「物」を集め続けた稀代の収集家です。私たちは油谷さんに1年間、密着して「秋田の宝」ともいえるコレクションが構築された過程と、その情熱を追いました。
油谷さんは20歳のころ、通りすがりの納豆売りのおばあさんが腰にぶら下げていた藁靴を目にします。そして、欲しいな、と思って声を掛けたといいます。
ところが、おばあさんは驚きます。「こんな藁靴、もうだれも履かないだろうと思っていた。それを『欲しい』という若い人がいるなんて」と油谷青年に話したのです。
油谷さんは、おばあさんの言葉にショックを受けました。そして「消えていく民具、『物』を集めることが自分の使命だ」と思ったのです。彼の収集の原点でした。
(イラストは、油谷さんが書いた納豆売りのおばあさんです)
以来、60余年、コレクションは少なくとも50万点以上にのぼります。集めた「物」の大半は、他人から見ればいわゆるガラクタかもしれません。
誰も見向きもしなかった、失われていく「物」に価値を見い出し、信念を貫いた一人の生涯は波乱に満ちたものでした。
収集品は、庶民の生活に密着した道具や用具、衣服、民芸品など、様々なジャンルのものがあります。いずれも東北地方や秋田における普通の人々の暮らし、特に農民たちの暮らしが伝わる『物』ばかりです。
油谷さんは財力がある特別なコレクターではありません。そして個人的な欲望ではなく、ただ「庶民の暮らしを残したい」という思いでした。
これらの収集品を尊敬の念を込めて、油谷さんは「生活文化財」と呼んでいます。地域に伝わる歴史、文化、自然などの様々な要素を包括したもの、これはまさに「地域文化資源」です。
(上の写真は2023年1月、秋田公立美大主催のフィールドワーク『AKIBIピクニック』。若いアーチストとの交流の様子。国際教養大学で)
油谷さんのいう「生活文化財」、つまり彼の持つ「地域文化資源」は、地域のアイデンティティを形成し、地域の活性化につながる重要な役割を果たしていると、私は思います。
50万点の収集物のうち、20万点は秋田市に寄贈しました。しかし、残り30万点をどう一人で守っていくか…その行く末はまだ決まっていません。
一個人が特別の情熱を持って守ってきた、この膨大な収集物の前途に暗雲が漂い始めている中、番組制作を通じて浮かび上がってきた問いは、「残すべき”文化”とは何か」という大きなものでした。
「『物』は自らの手で触れないと分からない味わいがある。『物』の声が聞こえるんです」(油谷さん)。
時代の変化とともに捨てられ、失われていく運命となる『物』の収集に人生を捧げてきた人の言葉だと思います。
「物の聲を聴け」はyoutube、し~なアプリでもご覧いただけます。